■見習いトレーナーの奮闘記■
【アラバマ編】
#4: 合格発表
面接が無事終わり、待っていたのはとてつもなく大きな、いままで味わったことのない安堵感でした。面接が行われたビルディングを出たときの爽快感。というよりも開放感といったほうが正しいでしょうか。あとは神のみぞ知る、といった心境です。
…というわけにはいきません。プログラムに受かるには面接を通るだけではまだ足りないからです。基本的には学業が重視されるので、当時受けていた授業を最低でも「C」でパスしなければいけないのです。どれか1教科でも「C」をとってしまうと、どんなにいい印象を教授たちに与えても自動的に落選してしまうのです。
そしてそれが私の問題だったのです。
当時とっていた生物学の授業に私はかなり手こずっていました。内容はベーシックな生物学で、体の内部で何が行われているかをミクロの世界で分析しているのですが、とにかくそのコンセプトを理解するのに一苦労でした。どうやら、私は目にしたものしか信じられない性格のようで、たとえばATP(アデノシン三リン酸)がどのようにして使われるかや生まれるかなどは本当に理解に苦しみました。多分、書いてあることをそのまま丸ごと覚えてしまえばよかったのでしょうが、どうも深く考えてしまうのです。昔中学時代に通っていた塾の先生にも「お前は理科系だな」と言われたことがありました。自分ではぜんぜん信じていませんでしたが。
話を戻すと、はかどらない生物の勉強のため、テストではまったくいい点が取れませんでした。実際、期末試験を前にして私の予想グレードは「C」と「D」を行き来する微妙な状態だったのです。結局、期末試験も手ごたえのある点が取れた気がしないまま春学期が終わってしまいました。
各学期の成績はすべてが終わった後に手紙で通知されます。もちろん私もそれを受け取りました。しかし、生物の最終成績がぎりぎりのラインだったので、アスレティックトレーニングのプログラムの合格通知を受け取るまで開けないでおきました。というのも、生物でもし「D」をとってしまった事を知ってしまった時点で自動的に私のプログラム落選が決まってしまうからです。
それからの数週間は本当に落ち着かない日々でした。合格通知は5月末から6月上旬に手紙で通知されるということだったのですが、5月中に手元に届くことはありませんでした。毎日神妙な面持ちで私の私書箱をチェックしにいっては、何もはいっていないボックスを見つけるたびに何ともいえない気分に襲われたものです。そして6月になり4,5日たったある日、同じくプログラムにアプライした日本人の吉田光宏さん(通称みつさん)から電話がかかってきました。「どうだった?」と尋ねてきたので、まだ受け取っていないと伝えると、「俺は受かったよ」と言うではありませんか。これでますますプレッシャーがかかりました。私の中で、日本人はきっと1人しか受からないだろうと決め付けていたからです。かなり落ち込みながらも手紙をチェックしに行きましたが、その日もなし。
そして翌日。
手紙がやっときました。もちろん開けるまでは中に何が記されているかなど判るはずもありません。アパートに戻り、当時のルームメイトだったしんさんは不在だったので、しばらく手紙を眺めながらソファーに座っていました。いつ開けようか自分と相談していたのです。この瞬間まで、日本を発ってから2年3ヶ月。その手紙を開封することは、その後の私の運命を左右することだと思っていました。受かっていればもちろんよし。受かっていなければ、トランスファーまでしてきた時間が無駄になってしまうのです。何度も開けようとしては止め、そんなことを繰り返してかなりの時間がたちました。そして、意を決してとうとう封を開け手紙を出し、恐る恐る手紙を開いてみると、一番最初に飛び込んできた文字は、単語ひとつ、太文字でこう書かれていました。
「Congraturation!」
この文字を見つけた瞬間、その先を読むよりも先に「うぉー!!」と叫んでいました。誰もいないのに、あんなに大声を出したことはそれまでありませんでした。それほどまでに興奮し、そして待ち望んでいた言葉だったのです。とにかくじっとしていられず、リビングを行ったりきたりしながら飛び跳ねたりしていたのを覚えています。
そして落ち着いて手紙を読み返し、その次に私がしたことといえば、例の春学期の成績チェックでした。ずいぶん前に受け取った手紙を開封し、こちらもおずおずと見てみると生物学には「C」と記されていました。多分本当にぎりぎりだったと思います。しかし、それもプログラムに受かった今気にすることではありませんでした。こうしてやく1ヶ月の悶々とした生活に別れを告げたのです。夢だったアスレティックトレーニングのプログラム合格を果たし、とにかく浮かれていた私に、その後の生活の方が何倍も大変なことなのだということなど知る由もありませんでしたが・・・。
□ 次の奮闘記へ
□ もくじへ
|